2017/1/6
プロとして活動するために必要なこととは?
北田栄二(株式会社ModelingCafe 福岡支社代表)
『Maya実践 ハードサーフェスモデリング プロップと背景から学ぶワークフロー』(ボーンデジタル刊)の著者北田栄二氏に、本書の出版経緯や海外CGプロダクション勤務経験から、これからの日本のCGプロダクションのあり方、そして北田氏が考えるプロフェッショナルの考え方をお伺いした。
北田さんの経歴について教えてください
CGを始めたのは、高校を卒業して大阪のHALに入学したのが最初です。
HALを卒業したのち、エンタテインメント系のCGプロダクションで働きたかったのですが、当時どこも経験者の募集ばかりで新卒採用が中々なかったため、まずは実務経験をつけるということから、CG制作も扱っていた地元のDTP会社に入社しました。
その会社では3ds Maxをメインに、建築パースなどのCG映像を制作していました。4年ぐらい働いていたのですが、やはりエンタテインメントの仕事に就きたいという思いがあり、スクエア・エニックス ヴィジュアルワークスへ移籍しました。
その後6年半ぐらい在籍していたヴィジュアルワークスを2009年に退社して、2010年からオーストリア シドニーのAnimal Logic、Dr.D Studioでサーフェスアーティストとして勤務、2011年にはシンガポールのDoubleNegative Visual Effectsに移籍し、2014年11月に帰国して現在はModelingCafe福岡支社代表をしています。
海外に行きたいと思ったきっかけは?
海外に出たいと思ったのは、スクエア時代に一緒に働いていたヴィルマン龍介氏の影響が大きかったですね。 彼とのR&Dなどの過程でのやりとりとかがとても刺激的でした。
これまで日本ではやっていなかったようなシェーダーの開発であったり、レンダリング周辺のツール開発であったり、既存のソフトウェアを使うだけのCG制作とは次元が違うことをしていました。
そういう彼の仕事を見ていて、海外のアーティストと仕事がしたいと思う気持ちが強くなりました。
また、結婚して子供ができた時に、ワークライフとファミリーライフのバランスをとりたいと考え始めたこともあって、それなら海外で仕事したほうがいいのではないかと思って、海外のプロダクションに移籍しようと考えました。
本書を執筆にあたった経緯を教えてください
最初のきっかけはボーンデジタルでのCG Study Proセミナーの講師を頼まれたときに軽くオファーしていただき、翌年正式に出版が決まりました。
自分がこれまで海外で学んだハリウッド流のCG制作のノウハウを日本の業界に還元したいと思って執筆することにしました。
日本では、セルアニメから実写映画まで全く異なった分野でCGが利用されているため、本書の内容がそのまま活かせるというわけではないと思いますが、どのような分野でCGを利用するにせよ、ワークフローに関して多くの選択肢を持ってもらいたいと思っています。
多くの選択肢の中から自分に最適な選択肢を選ぶためにも、最低限の知識や技術が必要になってくると思います。
本書のポイントについて教えていただけますか?
本書の内容は大きく分けてプロップ編と背景編の二つに分かれています。
プロップ編では、田島光二氏に制作してもらったロボットのコンセプトイメージを基に、モデリングにおける基礎的な知識、標準的なモデリングルールや、コンセプトモデルとプロダクションモデルのちがいなどを解説しています。
背景編では、INEIの富安健一郎氏が制作した1枚のコンセプトアートから、制作するアセットをどのように解析してモデリングしていくかなどを解説しています。
プロップ編、背景編を通して解説していることは、プロジェクトを円滑に運用するためのクリーンなデータ制作を行う手法、標準的なデファクトスタンダードとなっているフィジカルベースでのデータ制作の手法に関しては特にページを割いて紹介しています。
アーティスト目線で書いているところと、マネージメント目線で書いているところと二つの目線で執筆しているので、幅広い読者に読んでもらえる内容になっていると思います。
モデリングの手法やテクスチャの描き方といった部分は、林氏や帆足氏の影響を受けていますが、データのマネージメント部分に関しては、ほとんど海外経験を基にして執筆しています。
海外では当たり前におこなわれれていることを書いているので、内容的にはほぼ海外のベーシックな知識を落とし込んでいます。
本書をどのように読者に活用していただきたいですか?
本書で取り上げている海外のベーシックなデータ管理の手法などは、プロジェクトの規模や予算の規模に関係なく実行することができる内容です。
決まった様式でデータの名前を付けましょうとか、決まったディレクトリでデータを管理しましょうといったことには、お金がかかりませんから。
よく海外と日本の予算のスケールのちがいが語らえることが多いのですが、日本と海外のプロダクションに勤務した経験から、予算がなくても効率をあげたり、クオリティをあげる方法というのが、絶対にあるはずです。そこはお金の問題ではない。
きちんとした工数の出し方を含めて、スーパーバイザークラスの人たちには読んでもらいたいと思っています。業界で5から6年ぐらいの経験を積んでいるシニアやリードレベルの人たちに是非読んでもらって、マネージメントについて何かしら感じてもらえると嬉しいですね。
あと本書では、作例に使っていた4GBに近い容量の実データを読者の方がダウンロードできるようにしています。モデリングデータとして、国際的にスタンダードなモデリングデータとはどういうものなのか、このサンプルデータを見て知って欲しいと思っています。
このモデリングデータは海外大手のスタジオやGnomonといった海外のCG専門学校で必ず教えているスタンダードなモデリング技法というのがあるのですが、そのルールに則ってモデリングしています。
このルールに沿ってモデリングすることで、モデリングにおけるレンダリング時のエラーを予防することが出来ます。(レンダリング時のエラーは複合的な理由で起こることが多く、各デパートメントでクリーンなデータを作ることが重要です。)
スタンダードな作り方を覚えておくことで、エラーが出たときにデータの解析に時間がかからないようになるし、モデリングした本人以外の人でも修正を行うことができるようになります。
結局のところ、ベースの部分をきちんとすることで、工数コストを下げることができたり、一人のタスクの量をコントロールすることができ、効率の良い制作をおこなうことができるようになると思っています。自分の技術の見直しやスキルアップに繋げて欲しいですね。何かしら変えたいと思っている人たちのヒントになればいいと思っています。
現在の日本のCG/映像業界をどのように捉えていますか?
ハリウッドのCG制作と日本のCG制作では、これまで歴史的に積み上げられている層の幅が全くちがいますね。
作品の善し悪しは別にして、CGの技術的な側面から見てしまうと、海外と日本とでは10年ぐらいの開きがあると言われています。
日本の多くのプロダクションが、プロジェクトが終わったらチームを解散して、また新しいチームで新しいプロジェクトを始めるということが多い気がします。
プロダクションとしての知識や技術の蓄積があまりなされていない感じがします。
海外のプロダクションでは、長年のノウハウの蓄積がとても優れていて、基本的にフリーランスのスタッフを集めて制作を行っているにも関わらず、プロジェクトのちがいによってクオリティが下がるということがない。多くのプロジェクトを手掛けていくことで、そのノウハウをうまく蓄積していって、年を追うごとにクオリティが上がっていくような作り方をしています。
今までの経験から海外との制作現場の差はどのように感じていますか?
技術的な蓄積のちがいのほかに大きな差として感じるのが、制作に対するスケジュール感のちがいだと思います。
日本から海外のスタジオに移籍して最初に感じたカルチャーショックがそこでした。データの管理のシステムであったり、アセットのパブリッシュの方法といった部分は、当時、私が在籍していた会社とあまり変わりはなかったのですが、働く姿勢とか、タスクに対するスケジュール感がまったくちがってましたね。
日本の現場だと11時ぐらいに出社して、夜遅くまで作業していることが多いですが海外のプロダクションではそれは通用しません。
少なくとも私の勤めたスタジオで勤務時間中に寝ているやつは皆無でしたね(笑)。
Animal Logicの時は9時スタートで19時ぐらいまでの勤務でした。その間にお昼休みがあるので、実質労働9時間でした。
みんな朝型で決まった勤務時間内に決まったタスクをきちんとこなして帰宅する。そこが最初はショックでした。
Animal Logicはオーストラリアの中で一番大きなプロダクションで、非常に優秀な人材が集まっています。日本で就業していたときに築き上げた12時間でこのクオリティで仕上げられるというスキル的な担保が通用しなくなってしまったので、8時間から9時間で彼らのクオリティのレベルでタスクを仕上げないといけないというのに慣れるまで大変でした。
日本にいたときに比べて4時間分のスピードアップをしなければいけないので、それまでマウスで作業していた部分をペンタブレットに変えたり、効率良いモデリング手法を模索するなど色々な工夫をして海外の制作スピードに合わせていきました。
海外のプロダクションのスタッフは基本的にプロジェクト単位での契約が多いので、そのプロジェクトで成果を出しておかないと次のプロジェクトに呼んでもらえなかったりします。そういう点では仕事に対する甘えがなく、危機管理のできている人が多いと感じました。
今後、日本の制作現場に必要なことはどのようなことだと思いますか?
海外のプロダクションのような、効率のいい制作マネージメントを行うためには、現在の日本のCG制作の現場では、技術的なサポートやマネージメント、エンジニアリングが圧倒的に足りないような気がします。
テクニカル職の充実も行っていかなくてはいけないと思います。
海外のプロダクションでは、テクニカルディレクターやテクニカルアーティストといったテクニカル職がスタッフの3割を占めており、とてもアーティストに対するテクニカルなサポートが充実しているんです。
あと、ハリウッドの大手プロダクションがブランチオフィスをシンガポールなどに構えていることもあって、日本以外のアジア圏のアーティストが確実に伸びてきている。
日本のアーティストは平均点が高いという評判でしたが、個人でもアジア圏のアーティストに太刀打ちできない時代が来るかも知れません。
彼らは技術に対して非常貪欲で甘えが少ない。彼らに対向するためにも、国内のアーティストの底上げが必要だと思っています。
北田さんご自身の経験から北田さんの考えるプロフェッショナルとはどのようなことでしょうか?
限られた資源の中で、最高の仕事ができることだと思います。
先程もお話したように海外のアーティストたちは限られた時間の中で仕事をすることが日常的に身についている。
限られたスケジュール、限られた予算の中で結果を出すことができないとプロの仕事ではないと思っています。
例えば、私がシンガポールで働いていた時の上司は、スーパーバイジングが非常にうまかったですね。タスクの割り振りがとてもうまい。でも自分では仕事をしない(笑)。
なぜ仕事をしないかというと、プロジェクトのスケジュールが厳しくなってきたときに、自分がヘルプに入れるだけのバッファを残しているんです。
アーティストのリソースを使い切ったときに、プロジェクトをどう回していくかまでを考えてマネージメントしている。
彼は、モデラーとしても、ハードサーフェスからオーガニックなものまでこなせ、Gnomonでも講師していたような一流のアーティストでもあるんです。
アーティストとしても一流で、マネージメントも非常にうまいというところで、私が今後お手本としたいスーパーバイザーですね。
Maya実践ハードサーフェスモデリング
プロップと背景から学ぶワークフロー
4,968円(税込)